まっしーの貯蔵庫

思考のゴミ箱

20171201めも

起きてすぐ、ごはん 位相幾何
学校、午前 GRB
学校、昼 GRB、天文一般(OR授業)
学校、夕方 天文一般
学校、夜 気分
帰宅、統計物理を適宜

院試の時期に統計物理の教科書をやり直すことができなかったために、統計物理の帰結を提示されると(どうやって導くんだっけ?)と不安になる。
詳細な計算はともかく(算数の部分は教科書をみればいい)、どんな考えをもとに導出するのか分かっていないのは良くない。
ということで統計物理もやる…
体を壊さない程度に…

大学院入試のことを結構忘れてしまい、新天地での部屋探しとか奨学金とか学費免除とか諸々をすっかり忘れていた、これからやる。
先日、突然「おめでとう」と言われたのだが、なんのことだがわからなくてキョトンとしてしまった。
そうなるほど何をやっているのかというと

WKB近似
・宇宙流体力学 坂下、池内 培風館
・宇宙物理学 高原 朝倉書店
・場の古典論 Landau Lifshitz
・ゼミの予習

である。並行して進めてるもんだから、日々の進捗はクッソ薄い。しかも1日で2,3冊くらいしかやらないからだめ。

しかし、おれが来年から、現在地から600km離れたところにある大学院に行くという意識だけは非常に強くて、向こうでは研究室から徒歩1分のところに住みたいだの、チャリは部屋に置きたいから一階の部屋がいいだの、向こうは銭湯がたくさんあるらしいからユニットバスでいいやだの、飲み屋が近くにあるといいなあだの、夏はクッソ暑いだろうからクーラーをガンガンかけた研究室で24時間過ごすのもありだなあだの、そういう願望の詰め合わせセット的なものは考えている。
それに、おれの院試の受け方は間違っていなかったかもなという自信もついてきた。

あとは向こうのバリバリの内部生にボコられない程度の頭を用意するだけだ。


ところで、内部受験の院試を怖がっている人を見ると、えぇ…という感情になるんだけど、直したほうがいいですよね。

解散。

嫌いなもの

これを書くのはアレかもしれないが、それ以上に俺の精神が危険なので書く。

唐突だが、例えば「わさびが好きな人は高く評価し、わさびが嫌いな人は低く評価する」という文化があったとする。
わさびの好き嫌いは(簡単には)変えることができないため、個人の特有の性質となりうる。
で、わさび好きは高く評価され、注目の的になり、わさび嫌いに嫉妬され、
一方わさび嫌いは低く評価され、わさび嫌い同士による自虐が始まり、わさび好きの慰めに対して激しく反発する。
次第に、わさびの好き嫌いがステータス化する。
結果、わさびの好き嫌いは個人の良し悪しを指し示すパラメータとなってしまう。


しかし、例えば
隣の部屋の人がわさび好きであるかどうかなんて、どうでもいいだろう??
電車で隣にすわってきた男性がわさび好きであるかどうかなんて、どうでもいいだろう??
視界の端にいる食事中の女性がわさび嫌いであるかどうかなんて、どうでもいいだろう??

彼らがわさび好きorわさび嫌いであると判明したところで、自分に何のメリットがある?
特にないだろう?(デメリットもないのだけれど)

そんなもので人を評価、判断するなんて、おぞましくないか???
もっと優先すべき価値基準があるだろう??


んー書いてて意味がわからなくなってしまったのでとっとと結論を書いて寝る。多分眠れないが。


わさびの好き嫌いを、恋人の有無に変えて読み直してほしい。
それが俺の抱いている感情である。

恋人の有無は個人の性質を表すにすぎず、恋人の有無により人間が高くor低く評価されることは控えるべきである。
そして、恋人の有無が個人の良し悪しを指し示すパラメータとなっていることを当然に思う連中は全員滅ぼさないといけない。
厄介なことに、それは恋人無しの人間だけでなく、恋人ありの人間にも存在する。



うーん

地球に直径400kmの隕石をぶつける方が早い。
何が言いたいのかわからなくなってしまった。解散。

眠れないからなんか書く

(院試は終わりました。金曜日に最終合格者発表です)

パソコンを学校においてきてしまった。
仕方がないのでiPad mini4から書いている。

感じることが2つばかり。

そのうちの1つを書こう。

ある事件or事故が発生すると、TV局等のマスメディアがその様子を報道する。
しかし、マスメディアは感情に訴える報道しかしない。
結果として、不用意な報道の仕方をしてしまい、専門家に怒られる。

という流れを最近よく見る気がする。

これ、マスメディアが専門知識を持っていないから起こるのではないだろうか。

例えば、一昨日あったらしい、JALの旅客機のエンジンがダメになり羽田に引き返したという事故未遂について(さっきはてなのトップに出てきた記事で知った。ああいう、小学校の運動会を彷彿させる書き方は嫌いなので、アクセス数に貢献してしまったのが尋常じゃない程度に悔しい)。

俺を含めて、一般人は飛行機の専門家ではない。一般人の持つ飛行機の知識は
・安全、とは言われている。
・が、事故れば全員死ぬ。日本で500人近く死傷したこともある。
程度だろう。揚力で浮かぶということすら知らない人もい得るので困る。

で、その程度の知識しかない人たちが飛行機事故について報道しようとするとどうなるかというと、一般人の持つ程度の知識に基づいた報道になる。一般人の持つ知識が上述した程度であれば、過去の事故に絡めた報道や、もはや知識を放棄して感情に訴える報道になってしまう。その内容が誤った知見に基づいたものであれば、専門家に「その言い方は間違っている」等のいちゃもんをつけられるわけだ(JALの件の解説をしていたブログの中の人は専門家とは認めたくないのは内緒)。

別の話題をとりあげよう。1年前の熊本地震?で建物が真っ二つに割れている映像が、地震の被害の大きさを示すものとして報道されたことがあったが、建築関係の専門家?に「あれは強い揺れに対して倒壊しないようにわざと割れるように建設してある。あんなに綺麗に割れているのを不自然に感じないのか」とかいうような苦言を呈されていたような気がする。しかし、そんなの一般人が知っているわけがない(デマだったらごめんね)。

つまるところ、報道を作る人たちは我々が要求するほど博識じゃない、ということが情報の受信者に知られていないのではないか、と思う。

とはいえ、マスメディアに「明日からは正確な知識に基づいた報道をしろ」と要求したって、無理難題である。彼らも人間なので、できないことはできない。
しかし、誤った知識に基づいた報道をされても、我々が困る。
じゃあ、どうすればいいか。

俺の考えは「マスメディアの蓄える知識を増強させる」である。
しかし、例えばTV局の人みんながそれを目指す必要はないと思う。
やることは「特定の分野に詳しい人間を報道作成のグループに、非常勤でもいいので加える」でいいと思う。
で、そのためには「任意の分野の大学院を修了できる程度の専門知識を持った人間を報道陣として採用する」必要がある。
そのためには「マスメディアの人事採用時に、専門職的な枠を設ける」必要がある。

だいぶ面倒な気はする。

正直、これでは限界があるとは思う。
しかし、俺はこれをどっかのメディアがやるだけで日本の報道機関は大きく変わるんじゃないか、と勝手に思っている。

言葉足らずな気がしてあれなのでこれでおしまい。解散。

学部生の間にもっとやっておくべきだったと後悔している勉強

残り半年で学部生時代が終わるのでメモ(なんの意味があるのかは知らない)
1.数学科の学部生が専門でやるレベルの
 ・集合、位相論
 ・解析学
 ・線型代数
 ・複素解析
 ・微分幾何
 ・多様体
これらをやっていれば物理をやってる時の数学でつまづくことはぐっと減っていただろうに

2.C言語orFortran
Pythonは若干知っているが、CとかFortranを知らないのはこの専攻ではつらい

3.Landau Lifshitzの理論物理学教程
力学はやった、流体力学は若干やった、場古典はやる目処が立っている、物理的運動学はやる予定は立てている、連続体も基本のきのところくらいはやりたいと思っている、しかし他はもはややるスケジュールを詰め込めない。他の巻も全てやるとしたらいろいろなものを犠牲にする覚悟を決めないといけない。3年冬とかいうスタートが遅すぎたのかもしれないが、だからと言ってもっと早い時期に取り組んで理解できるんだろうか。何れにせよこのシリーズのすべての理解は時間と体力が許してくれない

学部1,2年生の若い人たちは(少なくとも1個くらいなら)まだ間に合うZOY

とりあえず院試が終わったらLandauの場古典にとっかかる予定。相対論をしっかり学習しなければならない
厳密数学はほぼ諦める。手当たり次第で学習するしかなさそう。
CとFortranはそのうち覚えるっしょ。

解散。

院試直前の雑記

何も考えずにいるというのは本当に難しいことである。
おれは夜寝る際に体を横にして、何かしらの考え事をしてしまうことが多い。
考え事をしているうちに嫌なことを思い出してしまい、精神が死ぬ。
何も考えないというのはおれにはできないので、別のことを考え始める。
また嫌な思い出を志向する。
このループに陥ってしまい、今のように眠れない状態になる。
今はなんと、何を考えても辛くなってしまうという絶望的な状況である。フルコンボだドン!

じゃあ勉強でもすればいいではないか、となる。確かにおれもそう思う。
しかし、勉強するだけの体力が、午前3時には残っていない。
親知らず付近は痛いし。(多分虫歯のせい。というか関係ない)

次の睡眠を諦めて、昨日の勉強中に思い出してしまった嫌な思い出について記そうと思う。なぜ?眠れないから。


高校1年生の終わり頃の部活の話。
当時おれが所属していた部は活動人数が6人と、運動部にしては非常に小規模な集団だった。
したがって、誰かが手を抜いていると他の人の目につくという状況にあった。
しかし、当時のおれは馬鹿正直だったので、周囲の様子を映像として捉えつつも本人がどう思っているかについて断定したことがなかった。自分が一生懸命頑張ることにしか目がなかった。良くも悪くも典型的な?高校生である。
(過去の自分を貶すのはおれ自身が悲しくなるので控えたいのだが、当時のおれは今考えても褒められたもんでもないので、馬鹿正直という枕詞を用いることにする)

その部にはX1という先輩とX2という先輩がいた。(イニシャルでもなんでもありません)
X1は(部活動の活動が)優秀で、何かと厳しい人だった。
X2は、若干抜けてるところがあるが、おれが自然と信頼していた人だった。


ある日の部活動、筋トレの日。
部活の終わりに、X1から「たるんでるんじゃないの」という趣旨の話があった。
しかし、X1の話には、以前X2から聞いた話とは食い違っている点があるなあと気づいたおれは、そのことを指摘した。
誰の発言なのかを問いただされたので、仕方なくX2の名を挙げた上で、「先輩同士で話が食い違うの、やめてもらえませんか」と苛立ちながら口にした。
すると、X1は突然会話を遮断し、部のしきたりに沿った解散の仕方を破って退室していった。おそらく呆れた上で腹が立っていたのだろう。(この様子を描写する日本語をおれは知らない。雑魚なので)
それで、おれは何かの糸が切れて、ふざけるなと逆上してしまった。
こういうわけで、部が真っ二つになってしまったわけである。

実は2人の先輩の食い違いの原因は、X2の甘えというかボケなるものだったのだけれど、それをおれが不適切なやり方で暴露してしまったor暴露を強要された、という経緯だった。おれとX2はこの件についてのちに話をして理解を得たのだが…

(今思うと、当時の部はたるんでいた気もするが、いくらキビキビ行動したとしても限界のあるやり方を強要されていたようにも思う。逆上前の苛立ちはそれが起因していたのかもしれないが、当時は全く自覚できていなかった)


次の日。ミーティングをやることになった。
正直どんなミーティングだったのか2つ以外に覚えてないのだけれど、そのうちの1つが当時の部長に個人的に言われた「アドバイスを受けるときは相手の目or顔を見ろ、視線をそらすな」というもの。しばらく頑張って治そうと思ったものの、今は治ったとは胸を張って言える気はしない。

もう1つが、X1の長い話である。
しかし、要約すると大体2つの内容しかなくて(忘れただけかもしれないけど)
・ストレス性の症状が出ていて、ストレスの原因は部活
・部活がストレスの原因になっている理由は、皆の努力がゴミだから(意訳)
という話だった気がする。

今書いてて思ったけど、最悪な話しかしてないなこいつ殴りたくなってきた30回くらい昇天してほしい。

でも、当時のおれは脳筋のばかだったので、真に受けてしまって、部と自分をどう改善していくかに頭を使ってしまった。こういう時こそ、自分の利を優先することに頭を使うべきなのに。
他の人も部と自身を改善するように行動した。

結果として、部の雰囲気はそこそこ持ち直し、高校1年生が終わる。

X1の(不当な)権力?が強すぎたのが部の雰囲気に影響していたのかね。
真面目に当時を分析すると色々あるが、そこまでは今回はしない。


一般に言えることなのかもしれないが、高校生は自分に関わる目の前の目標に集中しすぎて他の選択肢を柔軟に選ぶことを得意としないように思う。なぜそう思うのかって、まあ、おれがそうだったからなんだけど。
そんな性格の人間が突然自身の努力を否定されたら逆上もするんだろうなあ。

でも、やはりこの高1の2月のタイミングで「あんなゴミみたいな年上の人間たちと努力したくないです」と顧問に伝えて退部するのが合理的だなあと今でも思う。
しかし、ここでやめていたら、多分その後の人生が結構変わっていたんじゃないかなあとも思う。良くも悪くも。
高2から運動部というのもやりにくいが、バドミントンとか、中学校でやってた卓球を始めるのかもしれない。
でも、運動部は諦めて帰宅部になっている気がする。その方が濃厚だ。
だが、帰宅部を続けてると日々の退屈さに耐え切れなくて何か始めるんだと思う。何だろう。ちょっと想像がつかない。

各高校で存在するのかもしれないが、おれの学年では、帰宅部帰宅部で集団を形成していた。まとまって帰るのではなく、放課後にだらだらする、というわけである。そして帰宅部、地味に人と仲がいい。
しかし、おれは当時の帰宅部の人たちと面識がなかったのでおそらく馴染むことはなかっただろう。

さあ、ここまでくると、部活をやめたおれに残されたアイデンティティは学業成績しかない!が、この後はイキるだけなのでカット。結論だけ述べると、”悪くない成績だが目立たない奴”扱いされるだろう。現実と一致してるじゃないか

また、おれの母校では「運動部を最後まで継続したやつは志望校に受かる」というジンクス?伝統?当てつけ?があったので、運動部に入らなかったらそれに流されて今の大学より下の大学にいくことになったかもしれない。しかし、反逆分子的な扱いで今以上の大学にいるかもしれない。

人間、過去を振り返ると無自覚だった自分の性質に気付けて意外に感じることがある。高校の部活を通してわかったことだけでも、
・おれはスポーツが得意ではない
正確には
・体を動かしながら考えることが苦手
であるとか。(最近気づいたというのは秘密)

また、
・自分の顔が写ったimageが苦手→集合写真とかツーショットは苦手、自撮りなど論外
ということにも最近気づいた。

人間、自覚できていない自分の性質を反映した行動というのを無意識のうちに実行してしまうので、無自覚な性格にいち早く気づける方が自分をコントロールできて得だろうなあとつくづく感じる。

(ちなみに、この部はその後おれが部長としてやっていきます。10人程度の新入生の集団X3を迎えいれると同時におれの同期は単調減少し、幾度おれはメンタルブレイクします。しかし、当時の後輩X3の支えがあって、同期のいなくなったおれは最後の大会まで頑張ることができました。X3の代が牽引するようになって以来ずっと、この部は当時の弱小っぷりの影を見せない、県内屈指の強豪チームに育っています。)

だらだら書きすぎたので、ここでおしまい。解散。

チャリ

自転車のベルは、自動車でいうところのクラクションの役割を果たす。
すなわち、危険な状況になったためにやむを得ず鳴らすものである。

危険を察知してもらうためには、注意を引くような音でなければならない。

自動車のクラクションの場合は、耳がつんざくようなきつい音である。

同様の考えをすると、自転車のベルも不快な音を出すものであるべきなのだと思うのだが、世の中には「聞いてて心地のいい音のなるベル」ばかりが推されていて複雑な気分になる。

自動車のクラクションをメヌエットとかに変えてみろよ。事故件数倍増すると思うんだが。

愚痴は以上。解散。



もちろん、むやみにベルを鳴らすゴミチャリは論外である。