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まっしーの貯蔵庫

思考のゴミ箱

東日本大震災6年目

(こんなのを書くタチじゃないのだが、記録する)

僕は自分の部屋にテレビを置いていない。
一人暮らしを始めた当初は置いていたが、リモコンを見失って見るのを諦めるくらいにはテレビを見る頻度が少なかったので、数ヶ月で手放してしまった。

それで、数年間テレビにほとんど触れずに生活すると、どうなったかというと、
6年前の震災の津波の映像にショックを受けた。


まず、僕は東北の人間である。
6年前は、岩手、宮城、福島ではない東北の県に住んでいた。
今は、岩手、宮城、福島のどれかに住んでいる。

で、自分のこと以外の興味がテキトーな僕は、恐縮ながら、震災の被害の様子を忘れていた。
どんな揺れが襲ったのか、どんな津波が襲ったのか、どんな火災があったのか、などなどの記憶が風化していたのである。
(当時、停電のために最初に入ってきた情報量が少なかった、卒業シーズンだったというのも関係しているかも)

震災の被害を思い出す機会がなかったかというと、そうではない。
5年前、部活の遠征で気仙沼に行った。
当時、整備はまだ追いついていなかった気がする。
帰り際に街中を車で回ったのだが、青い案内標識の下の部分が汚れているのと、一階部分が切り取られているかのように空っぽになっている建物を見た。

1年前、津波の被害のあった、気仙沼とは別の地区を自転車で回ってきた。
きっかけはない。その地区が自分の家から自転車でなんとかいけるところにあったから、というきっかけくらいしかなかった。

どうだったかというと、
・被害のあった地域はそれなりに整備されていた。
家屋などの瓦礫等は全くない。「稲刈りした後の田んぼかな?」と誤解するくらいには何もなかった。

・ただし、道路の整備とかの工事は続いている。完全に整備された、というわけではない。

・震災後に建てたのであろう新しい住宅が数軒、津波にのまれて放置されている小屋らしき建物も数軒あった。

阪神淡路大震災の被災地からの義援金で建てられた公民館があった。
そこにはその感謝を記す記念碑と、津波の高さが記されていた。
津波の高さは自分の身長2つぶんくらい。これは死ぬわ…という感想を抱いた。

結局、「この地区は今後30年でどう利用されるんだろうか」という、答えが全く出ない問いに悶々としながら帰った。


僕がやってきた、被災地に関わる行動はこれくらいである。
北東北を青春18きっぷで一周する、という旅はしたけど、肝心の岩手県については残念ながら電車を楽しむ以外のことをしなかったのでノーカンとする。

昨日までの3日間、たまたま実家に帰省していた。
実家にはテレビがある。
昨日の朝、ある番組が、震災から一週間程度の間に何があったのかをハイライトしていた。
僕は、このコーナーで放送されている映像を見て、久しぶりに背筋が凍るような感覚を覚えたのである。

しかし、どうもこういう「被害状況を垂れ流すだけの番組」は嫌われるらしい。※1
そんなものよりも「東北地方の観光地とか名産品を紹介する番組を作れ」「復興がどれだけ進んでいるのかを報告しろ」という声の方が少なくともネット上では、比較的大きいように思える。


で、人間を性悪説の観点で見る僕はまず、観光の点では実際の人間の行動に反映されているのだろうか、と思い、観光庁のデータを引っ張ってきた。

https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/ks/toukei/toukei/honpen/1.touhoku-kankou.pdf:image=https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/ks/toukei/toukei/honpen/1.touhoku-kankou.pdf

2,3ページ目にH22~H25宿泊した観光客数のデータがある。
これを見てくれるとわかるのだが、東北6県とも微妙である。ちゃんと震災前の数字に持ち直した感はあるものの、宿泊した観光客が震災前より増えているかというと、有意差はなさそうである(ちゃんと調べるには、もっと長い時間スケールのデータが必要だと思う。でも、あっても僕は調べない。めんどいので)。

したがって、どうも「観光による経済効果が復興に結びついているか?」というとYesとは大声では(僕は)言えない。
それくらい、東北への観光は増えていない(減ってもいない?)、と言わざるを得なさそうだ。

僕は、復興支援の気持ちを込めて東北観光をする、というのは大いによろしいことだろうと思っている。プラス100くらいだ。
また、そのような気持ちがなくても(忘れていても)東北観光をする、と言うのも悪くはないはずだ。悪いことが起きているわけではない。マイナス成分が0、である。
そのような気持ちがなくて、東北観光に来ない、というのは、つまり何も起こらない、ということだ。プラマイ0。

復興支援の気持ちはある。マスコミに文句は言う。観光には来ない。
これはマイナス100と言わざるを得ない。やらない善ってやつなのかな。
誰だそんな不届き者は。
僕が被災者を代弁するのも変であるのを承知で言うが、被災者は、そういった「やらない善」を抱えた人間を嫌悪する。

もちろん、「やる悪」を抱えた人間も嫌悪する。
「やる偽善」を抱えた人間は…知らない。人によりけりだろう。


次。復興がどれだけ進んでいるのかの報告だが、放送されていた気がするんだけどな…
僕の記憶が正しければ、
津波の被害のあった地域の、道路、がれき処理などの工事の色が強い整備はだいぶ進んでいる。
・防波堤の建設は、行政と現地の人で意見が合わず、あまり進んでいない。
原発事故の避難区域の一部が4/1に解除される。
廃炉作業は進んでいるが、まだ道のりは長い。
と言っていたはずである。
あと、宮城県南三陸町で、仮設じゃないrealな商店街が完成した。
テレビの映像を見る限り、俺の地元の商店街より盛り上がっている。

確かに、東北の内陸部とか関東地方沿岸部の津波被害の地域とか液状化の被害を受けた地域の放送は少ない、というか0であると思う。これはテレビ局の反省すべき点かもしれない。(一応、当時の液状化被害の様子はハイライトで放送している。それから、整備途中で放送することが何にもなければ放送しないだろうが…)
しかし、もっとも被害の大きかった地域の復興状況の放送はしているのだ。
仮に、「復興がどれだけ進んでいるのかを報告しろ」という要求が、俺が雑にやった上の列挙で納得されるのであれば、
常日頃からテレビを見ている人の要求が、常日頃からテレビを見ていない人によりテレビから答えを引っ張って来られる、という状況の愚かさを懺悔すべきである。


まとめ。
震災6年目に自分が思ったのは

・東北の復興支援の意味で観光地を回るなどの援助は、確かに必要だと思う。
・ただし、そのためには、被災地にはどんな惨状があったのかを記憶に留めておかないと、復興支援を伴わないただの観光客になる。だが、この段階では悪いことが起きているわけではない。
・「東北の観光地とか名産品を紹介する番組を作れ」などと張り上げる声が比較的大きい一方で、観光客数は大きな変動なし。観光が経済効果に結びつく、という効果は見られなさそう。
すなわち、マスコミに文句を言うだけ言って、自分は行動しない有言不実行な不届き者がいるのだろう。
・テレビを持っているのにちゃんと見ていない宝の持ち腐れがいる???そんなザコみたいな使い方をするのなら、さっさと売ってデリヘルでも呼べよ。

ということである。


震災を忘れられるのはある程度は仕方ないと思っている。人間は忘れる生き物だ。
というか、いずれは震災を知らない世代がやってくる。第二次世界大戦を経験した現代人がほとんどいないのと同じように。
震災の記憶が風化している我々(少なくとも自分)と、震災を知らない世代に震災を覚えてもらうにはどうするか。
時々思い出す、覚えさせるしかないのだろう。


そういう意味で、テレビ局。1年に1回とかでいいから震災のハイライトを流してください。※1
可能なら、東北の観光をただ紹介するだけじゃなくて、観光を直接促す番組があるといいなあ…あんまり来られても人口過剰で困るけど。



※1 なんでだろう。毎日津波の映像でも見せられてるのかな。テレビないからわからない。
御涙頂戴を意図している放送は確かによくないが、被害状況の現実を知ることとは別の話であり、後者は必要だと思う。

(また追記とか編集とかするかも)